これは2011年夏、世界一周中に書いた日記をもとに再構成した記録だ。
檻の中の住人へ。
今のあなたは、その窮屈な檻(オリ)の中で何を食い
何に怯えている?
スケジュールでがんじがらめにされた日常。
誰かが決めた「正しさ」という名の鎖。
それを安定と呼び、自分を騙し続けることに
どれだけの意味がある?
2011年夏。
私は中国、成都へ向かう夜行バスの中にいた。
そこで遭遇した、これこそが噂に聞いたニーハオ便所である。
あれは、旅の恥などの話ではない。
理不尽な環境下で
自分の尊厳とリズムをいかに維持するかという
生存の訓練だったのだ。

清潔さや平穏を求めて止まる奴は、自由には到達できない。
あなたが今、その檻の中で守ろうとしている「日常」は
本当に守る価値のあるものか?
夜行バスの座席は
前日7時に出発した時から私の楽園だった。
リクライニングを倒し
走行中ずっと流れている中国カンフー映画をぼんやりと眺める。
数日前、カシュガルから敦煌へ向かった夜行列車の
硬座(リクライニングなしの座席)で味わった
あの“安眠とは無縁の地獄”に比べれば、このバスは天国だ。
うとうとと、意識が途切れる。
だが、その安寧は突然の停車によって引き裂かれた。
トイレ休憩。
ここが、私にとっての「成都への戦線」における最初の洗礼だった。
バスから降りた瞬間
夜気の中に漂う異質な空気に鼻が反応した。
静まり返る闇の中、私たちは無防備に
その場所へと引きずり込まれていく。
扉なき便所の洗礼|アンモニアの奇襲攻撃

薄暗がりの中、目を凝らし、目を疑う。
ん? 扉がない。
これは噂に聞いたニーハオ便所ではあるまいか。
ニーハオ便所:
中国の地方部ではよく見られる「個室の仕切りやドアのない」オープンスペースのトイレ。
隣の人などと向かい合ったり挨拶を交わしながら用を足すことから
この名前がついたと言われる。
ただ真ん中に流れる側溝めがけて用を足す。
流す水など存在しない。
排泄物のその先は神のみぞ知る。
奥までざっと6個のスペースが並んでいる。
便器という概念はそこには存在しない。
溜まる一方の液体が、その溝を鏡のように埋めている。
誰もがオープンに脱ぎ出し、用を足しているが
さぁ私は…するのか、しないのか?
さらに突き進むと、鼻が痛い。そして目が痛い。
理科室で嗅いだことのある、アンモニアの鋭い刺激臭が目鼻を突き刺す。
クサイという次元を超えて、なにか痛覚を刺激する暴力的な匂いだ。
周囲を見渡せば
地元の人たちは尻を出しながら、平然とう○こ座りをしている。
ここはそういう場所なのだと、強引に納得するしかなかった。
私は迷いを捨てて、一番奥のスペースへと歩みを進めた。
羞恥心などというものは
この汚泥とアンモニアの戦場においては
最も不要で、最も重い荷物に過ぎないと悟る。
「ここでやらなければ、次はいつできるかわからない」
ただそれだけ。
さっさと終わらせて、そそくさとその場を逃げ出した。
夜行バスの闇の中、ふて寝を決め込む。
どんなに理不尽な状況であっても、私は出した。
自分のリズムを、環境のせいにして崩してはならない。
それが、戦場での生き残り方だ。
成都の街、ユニクロ、そして解禁
朝7時。
成都に着いた時には
途中まで降っていた雨もやんでいた。
タクシーを拾い、Sim’s Cozy Garden Hostelへ向かう。
世界を旅するバックパッカーにとって
成都という街は一つの通過点であり、同時に重要な補給拠点だ。
旅に出てから、まだ1ヶ月も経っていない。
それなのに、バックパックに入れた服はどれもヨレヨレだ。
旅の汚れなのか、それとも中国の硬水で洗濯したせいなのか。
「成都に行ったら、ユニクロに行く‼︎」
それが、この旅の数少ない、しかし絶対的な目的地だった。
街の中心部に出た瞬間、驚いた。
今までの都市とは空気が違う。
イトーヨーカドー、ZARA、無印良品、そして伊勢丹。
成都はまるで新宿の歌舞伎町のようで
それくらい、人と熱気が混ざり合っていた。
私たちは、欲望を解放した。
無印で薄い7分丈の服を2着とキャミソールを1着。
ZARAでTシャツを2着。
ユニクロでタンクトップを2着と下着を2枚。
中国の物価に慣れきった頭では
5千円以上の服を見ると「なんて高いんだ」と感じてしまう。
それでも、荷物を減らし
自分という武装を整えるために、それらの服は不可欠だった。

ベッドに並べた戦利品を眺める。
これじゃ、以前の仕事で
ストレスを埋めるためにしていた衝動買いと変わらないかもしれない。
そう笑ったけれど、ここで服を整えると決めてここまで来たのだ。
買い出しを終えたとき、私のバックパックは重くなったが
心は不思議と軽くなっていた。
必要なものを手に入れ、戦線を維持する。
それこそが、旅を継続するための合理的な選択だ。
全部で23元。322円の夜
買い物で体力を使い果たし、街が暗闇に包まれた頃。
節約のために交差点の角にある食堂へ飛び込んだ。
店内に入ると、10歳くらいの男の子がテーブルへ案内してくれた。
その口には、タバコがくわえられている。
「小学生が吸うものじゃねーよな笑」と心の中で突っ込んだが
通じるはずもない。
ここはそういうルールで回っている街なのだ。
注文したのは、炒飯と拉麺、そして水餃子。
冒険心で入った食堂だったが、これが大正解だった。
湯気が立ち昇る水餃子を口に運ぶ。
ウルムチで出会ったチャンピオン級の味と張るほどに美味い。

全部で23元。 当時のレートで、これ全部で約322円。
久しぶりに、腹の底から満たされる感覚があった。
当たり前に日本でしていたことが
こんなにも幸せに感じられるとは。
道行く人のオシャレな装い、活気ある街の音、そして安くて美味い飯。
あの日の成都で、私は確信した。
どんなに理不尽な環境でも
自分のリズムさえ崩さなければ、そこは自分の場所になる。
私は、自分の足で立ち、自分の力で選び取り、自分の腹を満たした。
「久しぶりに大満足の1日だった」
かつての日記に、そう記した自分の文字が今も脳裏にある。
あの頃の私は、ただ必死に世界を歩いていた。
だが、今の私にはわかる。あの時の泥臭い一つひとつの決断が
今の私を形作る骨組みになっていることを。
もう一度、あの街へ。
あの時の私と、3人の子どもを育てる今の私。
地続きのこの道の先で、自由をどう奪還するか。
私は今日も、戦術のログを書き続ける。
旅を共にした「盾」|GREGORY 60ℓ
私の背中には、常にグレゴリーの60ℓバックパックがあった。
「バックパックの王様」
と称されるその堅牢な造りは
大陸の過酷な移動、砂埃、そして無造作に放り込まれるバスの荷台からも
私の荷物を死守してくれた。
身長に見合わないその巨大な塊を背負うたび
私は自分が「家」を背負って歩く亀のような
あるいは何者にも依存しない独立国家のような感覚を覚えた。
学生に間違われるほど小さな私が
この重みに耐えて歩き続けたこと。
それが、今の私の根底にある「生存能力」の証明だ。

お前は何を背負って生きている?
誰かに用意された軽いカバンか?
それとも、自分の人生をすべて詰め込んだ、肩に食い込むほどの重い盾か。
グレゴリーが私の背中を守ったように
お前もまた、自分を支える「本物の武器」を選べ。

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