これは2011年夏、世界一周中に書いた日記をもとに再構成した記録だ。
檻の中の住人へ
今の私はどうだ。
管理されたスケジュール
誰が決めたかもわからぬ道徳
そして見えない天井に囲まれた薄暗い日常。
それを「安定」と呼び、自分を騙してはいないか。
2011年夏、私は中国の最西端
カシュガル(喀什)にいた。
そこは、国家という枠組みが揺らぎ
野生と理不尽が交差する、圧倒的な「自由」の最前線だった。

「安全」なんてものは
思考停止の別名に過ぎない。
お前が守ろうとしているそのちっぽけな日常は
本当に守る価値があるものか?
カシュガル到着|トランク全開の洗礼

ウルムチからさらに西へ。
中国の最西端
キルギスやパキスタンの影がちらつく町
カシュガル。
空港を出るなり
タクシーの客引きに包囲される。
10元のバスを探す手間を
8元のタクシーが奪い去った。
バックパックを積んだトランクは、物理的に閉まらない。
ドライバーは笑いながら
トランク全開のまま市街地へ車を飛ばした。
砂埃と、ロバが引く台車。
法律よりも、目の前の「今」が優先される世界。
ホステルに着けば、案の定
ドライバーが「あと2元払え」とせびってくる。
ぼったくりと承知で金を投げ渡し、私はカシュガルの土を踏んだ。
異空間|ここは本当に「中国」か

街を行く人々の彫りは深く、目は鋭い。
飛び交うのはウイグル語。
地図上は中国でも、そこにある空気は完全に
中央アジアのそれだ。
「ここは中国だけど、本当に中国と呼べるのか?」
その違和感は、境界線というものが
いかに脆く、人為的なものであるかを私に突きつけた。
巡り合い|Jason、Landy、そしてケビン
宿で出会った中国人のJasonとLandy
彼らは重慶省出身でウイグルを旅している途中だという。
そしてそれに合流したカナダ人のケビン。
彼らは私を見て「20歳か?」と聞いた。
60ℓのバックパックに潰されそうな東洋の女は
彼らの目には幼く、無防備に映ったらしい。

Jasonたちは親切だった。
駅で眉間にしわを寄せた強面の受付嬢と交渉し
私のために敦煌行きの切符をもぎ取ってくれた。
「困ったら電話して」とノートに残された番号。
殺伐とした砂漠の町で、彼らの合理的な優しさが
旅の疲れでいっぱいの体に染みた。
生の雄叫び|アニマルマーケットとラグメンの呪い
日曜日。
Jasonが運転するレンタカーで
「アニマルマーケット」へ突っ込む。

視界を埋め尽くすのはロバ、牛、羊。
ひもで縛られ転がる羊。襲いかかる雄牛。
「後ろを通るな、蹴られるぞ」
生と死、そして生殖のエネルギーが混ざり合い
鼻を突く獣臭とともに押し寄せる。
ランチはまたラグメンだった。
これで3日連続。
ラグメン:
手延べ麺に羊肉と野菜のトマトソースをかけた「ぶっかけ麺」料理。
弾力のある長い麺が特徴で、クミンなどのスパイスが香る、日本人にも親しみやすいシルクロードの定番料理。
衛生面など、もはや気にするだけ無駄だ。
茶を飲むのさえ躊躇する環境で
私はただ、その土地の「生」を食らうしかなかった。
旧市街(カシュガル老城)|沈黙する聖域
カシュガル老城。
そこはウイグル族の伝統が色濃く残る、土壁の迷宮だ。


打って変わって
これは新市街の風景だ。

近代的なビルが建ち並び
管理された時間が流れる「新城」
一方で、一歩路地に入れば
祈りと土着のルールが支配する「老城」
そこには「共存」という甘い言葉では片付けられない
混ざり合わない強さがあった。
時間が止まったこの場所と
便利さを追求した日本。
どちらも私の一部だ。
ただ、あの頃の私はここで確かに生きていた。

お前の人生も同じだ。万人に理解される必要はない。
お前の「生存圏」を明確に定義
相容れない奴らは一歩も中に入れるな。
バザール|アウェーの緊張感
日曜のバザールは混沌そのものだった。

「荷物に気をつけろ」
Jasonの忠告が頭をよぎる。
これまで訪れたどの都市よりも強い
圧倒的なアウェー感。
ザックを前に抱え直し、周囲を警戒する。
「とられたらいかん 」
自由とは、常に自己責任と背中合わせだ。
財布を守る腕に力を込めながら
私は剥き出しの異文化の中を泳いだ。

奪われるのを恐れるな。
奪われることを恐れるあまり、一歩も動けなくなることの方が重罪だ。
西へ向かう女の背中
ドミトリーで出会ったのは
さとみさんという女性だった。
1ヶ月の中国旅を終え
これから1年かけてポルトガルまでユーラシア大陸を横断するという。
カメラマンだという彼女は
大きな一眼レフを抱え
翌朝、一人でキルギスへと旅立っていった。
彼女の背中に
私は「個」として生きる覚悟を見た。
締め|一喝
2011年の私は
カシュガルの砂埃の中で
確かに自由を呼吸していた。
今の私はどうだ。
常識という名の鎖に繋がれ、牙を抜かれてはいないか。

あの頃の自分に恥じない生き方をしているか?
あの熱狂と緊張、そして理不尽なまでの生のエネルギー。
あの感覚を取り戻すために、私は今日もキーボードを叩く。
旅を共にした「盾」|GREGORY 60ℓ
私の背中には、常にグレゴリーの60ℓバックパックがあった。
「バックパックの王様」
と称されるその堅牢な造りは
大陸の過酷な移動、砂埃、そして無造作に放り込まれるバスの荷台からも
私の荷物を死守してくれた。
身長に見合わないその巨大な塊を背負うたび
私は自分が「家」を背負って歩く亀のような
あるいは何者にも依存しない独立国家のような感覚を覚えた。
学生に間違われるほど小さな私が
この重みに耐えて歩き続けたこと。
それが、今の私の根底にある「生存能力」の証明だ。

お前は何を背負って生きている?
誰かに用意された軽いカバンか?
それとも、自分の人生をすべて詰め込んだ、肩に食い込むほどの重い盾か。
グレゴリーが私の背中を守ったように
お前もまた、自分を支える「本物の武器」を選べ。


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