【世界で最も海から遠い街】ウルムチで餃子35個、250円の自由

【旅】

(※本記事はプロモーションを含みます。)

これは2011年夏、世界一周中に書いた日記をもとに再構成した記録だ。


檻の中の住人へ

今日もスタバの窓際で、600円の黒い液体を啜りながら
「丁寧な暮らし」を偽装しているのか。

分単位で管理されたスケジュールと
予算内に収められた小綺麗な幸福。
その檻の中で、あなたは自分が「捕虜」であることすら
忘れているようだが、それは敗北だ。

あなたは、誰にも管理されない
ニンニクの臭いにまみれた自由の味を知っているか。

2011年夏、私は世界で最も海から遠い街で
日本で育てた既成概念をぶち壊された。

これはただのウルムチトリップお得情報ではない。
250円の餃子による、既成概念への爆撃記録だ。

17kgを背負って彷徨う

ウルムチへの移動日、朝6時。
北京から日本人とタクシー代をシェアし
わずか30元のコストで空港へ辿り着いた。
ここまでは完璧な兵站計画だった。

👉北京のカオス記録はこちら

だが、北京国際空港で食した
「朝のハンバーガーセット」が、私の体内で反乱を起こした。

バーガーキング「我选 我味」:自分流に

高度1万メートル、北京からの4時間のフライトは
睡魔と、「第4波まで押し寄せた腹痛」との孤独な闘争と化した。

機内食の謎のピラフを完食しつつ、窓の外を睨みつける。
そこには世界で最も海から遠い
乾燥しきった大地が広がっていた。

北京⇨ウルムチへの機内から。

降り立ったウルムチは、内陸性気候の乾燥が大気を支配し
呼吸するだけで唇が割れる過酷な戦地だった。

空港から市街地へバスで移動。

なぜか座席カバーにウズベキスタンの卸売市場「アブ・サヒ」の広告が

17kgのバックパックを背負い、市街地で宿を探し歩く頃には
体力的リソースは底を突きかけていた。

炎天下、両肩に食い込むストラップの痛みだけが
私がまだ生きていることを教えてくれた。

2011年当時スマホは存在せず
紙の地図と直感だけが頼りであり
迷うことはザラだった。

今はスマホのGPSが示す最短ルートを疑いもせず
1メートルの無駄さえ「ロス」と切り捨てる。
私は便利さと引き換えに
未知と衝突する権利を自ら手放してしまったのだ。

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迷うことを恐れて、誰かが引いた白線の上だけを歩くつもりか。
17kgの重みは、お前が背負うべき「自由」の対価だ。

人民公園:ツアー参加交渉

翌日の作戦を練るため人民公園へ向かうと
入り口で獲物を待ち構えていた
ツアー会社のおばちゃんに捕捉された。

有無を言わさず餌のスイカを食わされ
身振り手振りで30分の消耗戦。

言葉が通じない相手と対峙するのは
想像以上に体力を削られる。

だが、その摩擦こそが「生きている」証拠だ。
結局、天池とトルファンのツアーをねじ込み
戦果を確定させた。

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交渉を面倒がり、提示された定価を無批判に受け入れるのは敗北だ。
自分のリソースを賭けて、納得のいく戦果を掴み取れ。

平日の真っ昼間だというのに
人民公園は老若男女で溢れかえっていた。

釣りをする老人
カンフーに励む子供
そして激しく踊るおばちゃんたち。
見てて飽きない。

私はまるで映画を見ているかのように
ぼーっと公園で時間を潰してしまった。

餃子35個、250円

夜、繁華街で「餃子」の二文字に吸い寄せられた。

水餃子20個、焼き餃子15個。
計35個の弾丸を注文。

見よ、この羽。これが本場モノホンの羽付き餃子だ。

醤油、ごま油、そして生ニンニクを叩き込んだ
セルフタレに溺れさせる。
これが大当たりだった。

中国上陸後、初の目ん玉が飛び出る旨さ。

35個を完食して、支払いはわずか250円。
日本でスタバのコーヒー1杯に払う対価の半分で
私は腹の底から自由を確信した。

あの頃の私には、250円で爆発的な幸福を掴み取る野性があった。
今の私は、常に物価と予算の計算に縛られ
食の衝動さえも理性に管理される
「お行儀の良い消費者」に成り下がっている。

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効率を求めてサプリメントで腹を満たすお前に
このニンニクの破壊力は理解できない。
食らえ。生きることは、食らうことだ。
覚悟を決めろ。

天山天池ツアー

翌日、集合場所に現れたのは
「Night!」と書かれたTシャツを着た男。
通称ナイツ、私たちはそう呼ぶことにした。
ウルムチのイケメン枠らしいが
仕事の精度は壊滅的だ。

「中国のスイス」と呼ばれる標高1980mの天池へ向かう道中
彼はガイドとしての責務を早々に放棄した。

集合時間は言わない
客の動線は把握しない
ランチタイムに私たちがまだ食べているにも関わらず
部隊(バス)を移動させようとする始末だ。

同じツアーの韓国人男性に拾われなければ
私たちは山中に孤立していただろう。

窯の壁で焼かれた羊肉のサモサ(4元)の暴力的な旨さと
透き通った山の空気だけが
ナイツへの殺意を霧散させてくれた。

あの頃の私は、この「放置される不自由」を
異文化の洗礼として笑い飛ばす強さがあった。

右上:現地の遊牧民「カザフ族(馬の背の民族)」の移動風景/羊肉メインの食文化
右下:天山山脈の最高峰「ボゴダ峰(5,445m)」は南東方向、山の向こうはトルファン(吐魯番)方面

ツアーの最中、私は中国人同士の喧嘩を目撃した。

バスの乗降口で、見知らぬ女性同士が顔を突き合わせ
鼓膜を震わせるほどの怒号を浴びせ合っていた。

「あんた、何してるのよ!」
「ふざけないで!」
「もう行かないわよ!」

中国語がわからない私の耳にも
その殺気はダイレクトに届いた。

あれは、鬼の形相などという生温いものではない。
己の権利を一ミリも譲らない、剥き出しの「個」の衝突だった。

やはり、ここウルムチもカオスであることに間違いはなさそうだ。

👉次の戦場:トルファン編はこちら

締め:殺傷能力高し、激辛料理

下山後、ホステル下の店で挑んだウイグル料理は
別の意味で殺傷能力が高かった。

アンパンマンとはっきり書かれてますが、これはパクリでは?

フィーリングで注文した鶏肉料理は、唇が痺れ
タラコのように腫れ上がる激辛仕様。

さらに運悪く、出発前の歯科治療で患った口角炎が
唐辛子の猛攻を受けて悲鳴を上げる。

癒やしを求めてデパ地下へ逃げ込み
チョコデニッシュとミルクティーを確保したが
そこに「カフェラテ」という選択肢は存在しなかった。

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欲しいものが手に入らない絶望を
ご褒美のデニッシュで上書きしろ。
満たされすぎた日常が
お前の「選ぶ力」を殺していることに気づけ。

600円で手にいれるスタバの幸福よりも
タラコ唇の方がよっぽど生きている気がするのは
私が今、この日常でぬるま湯に使っているせいだからだろうか。

旅を共にした「盾」|GREGORY 60ℓ

私の背中には、常にグレゴリーの60ℓバックパックがあった。

「バックパックの王様」

と称されるその堅牢な造りは
大陸の過酷な移動、砂埃、そして無造作に放り込まれるバスの荷台からも
私の荷物を死守してくれた。

身長に見合わないその巨大な塊を背負うたび
私は自分が「家」を背負って歩く亀のような
あるいは何者にも依存しない独立国家のような感覚を覚えた。

学生に間違われるほど小さな私が
この重みに耐えて歩き続けたこと。

それが、今の私の根底にある「生存能力」の証明だ。

006-Dの装備ログ
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お前は何を背負って生きている?
誰かに用意された軽いカバンか?
それとも、自分の人生をすべて詰め込んだ、肩に食い込むほどの重い盾か。
グレゴリーが私の背中を守ったように
お前もまた、自分を支える「本物の武器」を選べ。

✈️この旅が、私の自由への原点だ。

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