(※本記事はプロモーションを含みます。)
これは2011年夏、世界一周中に書いた日記をもとに再構成した記録だ。
檻の中の住人へ
今日も「安定」という名の低速のベルトコンベアに乗せられ
思考停止したまま、誰かの人生をなぞるだけの
シミュレーションを繰り返しているのか。
2011年夏。
北京のカオスに揉まれ、疲労が脚にまとわりつく朝。
私は万里の長城への進軍計画を立てた。
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【脇毛ボーボーの美人とコーラを浴びるクマ】北京の混沌で日本の常識を爆破せよ
これは単なる観光記録ではない。
あなたと私の自由奪還に向けた、生存の記録だ。
聖域への進軍

北京北駅。
そこは、筆談と片言の中国語しか持たない異邦人にとって
最初の難所だ。
窓口で2枚の切符をもぎ取り、広大すぎるホームを駆ける。
偶然出会った現地の女性による誘導がなければ
我々の進軍はここで停滞していただろう。

当時、窓口での「筆談」は唯一の突破口だった。
今はスマホ一つで予約が完結し
戦場からスリルが奪われている。
車内で湖南省の大学生「孔」と接触した。
21歳。
日本語が驚くほど洗練されていて
J-POPを語り、日本への留学を夢見ていた。
FacebookもTwitterも遮断された壁の内側で
外の世界を覗こうとしていた男だ。
壁は今も高くなる一方だが
彼のあの渇望は今も健在だろうか?

お前が浸かっている「常識」も数年後にはゴミと化す。
時代の変化に振り落とされるな。
難攻不落の要塞
心が震えた
八達嶺の長城が、その圧倒的な質量で眼前に立ちはだかる。
視界に飛び込んできたその姿に、旅に出て初めて肌が粟立った。

全長8,851km――
2011年当時、私が知る情報ではそれが公式な長さだったが
翌年の調査で総延長は21,196kmへと跳ね上がった。
西は河北省の山海関、西は甘粛省の砂漠地帯まで。
しかし、もしかしたら西はさらに
新疆ウイグル自治区の方まで広がっているかもしれないと
研究は広がっている。
私たちが登ったのは、その気の遠くなるような防衛線の
ほんの指先の一節に過ぎなかった。
足も震えた
問題はここからだ。
気合を入れて登り始めたものの、その傾斜は体感で60度。

かつてこの壁を築いた者たちは
ロマンのために石を運んだのではない。
北方からの侵入を防ぐために
この理不尽なまでの防御壁を構築したのだ。
転落の危機に瀕しながら、私の脚は悲鳴を上げた。
心が震えた感動など、傾斜の前では10分で蒸発する。

お前が「感動」と思っていたものは
単なる平地に立っていた余裕だったかもしれない。
本物の壁に登れ。
脚が震えてから、初めて景色の意味がわかる。
結び:北京最後の夜
疲れた。
震えた脚を引きずって、その夜は中国雑技団を見に行った。
人の頭の上に逆立ちで乗る。
それを当然の顔でやってのける。
長城が「石の限界」なら、雑技団は「人体の限界」だ。

その後、圧倒されたまま焼肉店へ向かう。
中国ビールを流し込む。薄い。
期待していた北京ダックは
期待値が高過ぎたのか
本場に来てこの程度かという脱力感だけが残った。
ビールが薄くても
北京ダックがイマイチでも
酔えれば、それでいい。
次なる目的地は、シルクロードの拠点ウルムチだ。
006-D、進軍開始。

お前。今日一日、限界を一つでも超えたか。
石を積んだ者も、頭の上に立った者も
誰も「できません」とは言わなかった。
戦場は、すぐそこにある。
旅を共にした「盾」|GREGORY 60ℓ
私の背中には、常にグレゴリーの60ℓバックパックがあった。
「バックパックの王様」
と称されるその堅牢な造りは
大陸の過酷な移動、砂埃、そして無造作に放り込まれるバスの荷台からも
私の荷物を死守してくれた。
身長に見合わないその巨大な塊を背負うたび
私は自分が「家」を背負って歩く亀のような
あるいは何者にも依存しない独立国家のような感覚を覚えた。
学生に間違われるほど小さな私が
この重みに耐えて歩き続けたこと。
それが、今の私の根底にある「生存能力」の証明だ。

お前は何を背負って生きている?
誰かに用意された軽いカバンか?
それとも、自分の人生をすべて詰め込んだ、肩に食い込むほどの重い盾か。
グレゴリーが私の背中を守ったように
お前もまた、自分を支える「本物の武器」を選べ。

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