(※本記事はプロモーションを含みます。)
これは2011年夏、世界一周中に書いた日記をもとに再構成した記録だ。
檻の中の住人へ
今の私はどうだ?
今日もエアコンの効いた部屋で
スマホが弾き出す最適解をなぞるだけの
「お行儀の良い生活」に甘んじていないか。
そして、憧れを情報のまま
画面の中で腐らせていないか?
かつて私は、肺を焼く熱風の中で
情報の向こう側にある「本物」に手を伸ばしていた。
2011年夏、私は子どもの頃から夢見た聖地に到達し
50℃近い熱波にもかかわらず、トリハダを立てていた。
これはただの、ドラえもん聖地巡礼の記録ではない。
情報の海で溺死しかけているあなたへの宣戦布告だ。
今日もナイツ炸裂
朝8時に人民公園に集合したが
ツアー部隊はなかなか動かない。
人が集まらず、ようやくエンジンがかかったのは1時間後だ。
最後に滑り込んできたバスガイド、それがナイツだった。
「お前が遅刻かyo‼︎!」

驚くべきことに、彼は昨日と同じ服を着て現れた。
洗濯の概念を前線に置き忘れたのか
それともこれが彼のタクティカルウェアなのか。
昨日世話になった
韓国人のミンソンと、彼女のソヒも同乗していた。
23歳の大学生で中国語を専攻しているソヒは
この旅における最強の通信兵だった。
ナイツは直接我々に接触せず
常にソヒというフィルターを通してのみ
情報を伝達してくる。
彼はマイクで解説を始めたかと思えば
いつの間にか戦線を離脱していなくなる。
マイペース過ぎて、日本だったら即刻クビ間違いなし。
40℃の焦土「高昌故城」

バスはだだっ広い平野を2時間かっ飛ばし
最初の攻略地点、「高昌故城(こうしょうこじょう・ウイグル語でカラホジャ)」へ。

降りた瞬間、大気が牙を剥く。
気温40℃超。日干しレンガで造られた唐代の遺構は
もはや遺跡ではなく「焦土」だ。
呼吸をするだけで肺が焼ける感覚に
私たちは沈黙し、言葉も出ず
必死に肌を隠すことしかできなかった。
日本なら即座に熱中症でバタバタと兵が倒れるレベルの
過酷な環境だ。

ランチは連日のラグメン。
隣でソヒは「ポロ(羊肉と人参のピラフ)」に
持参した辛そうなタレをぶっかけ
ピラフを真っ赤に染めて食べていた。
さすが韓国人、刺激への耐性が違う。
私は醤油一瓶さえ持参しなかった自らの兵站ミスを呪いつつ
逃げ場のない熱気の中で羊肉の脂を喉に流し込んだ。
火焔山——その聖地に立つ
ついに目的地が視界に入った。
血のような燃える赤だ。
孫悟空が芭蕉扇(ばしょうせん)を求めて戦った、伝説の焦土。
やっと…やっとここに、たどり着いた。

幼少期、私は『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』を
文字通り擦り切れるほど観ていた。
ビデオテープの向こう側にあったあの禍々しくも美しい
赤い絶壁が、今目の前にある。
「そうか…これがトルファン盆地の熱か。
のび太が暑い暑いと悶絶していたのはこの空気のことだったのか。」
物語の中で描写される「灼熱」が今まさに、私の皮膚を焦がす。
腹の底から湧き上がる感動と共に
全身にトリハダが立つ。
50℃近い熱波の中で、身体だけが歓喜で震える。
私は間違いなく「あの世界」の今存在している。
パラレル西遊記の主題歌
堀江美都子とこおろぎ73「君がいるから」
気づけば脳内ループを起こしているではないか。
僕のひとみが遠い街の
夕焼け見たいと言うのです
僕の唇が知らない人と
話がしたいと言うのです

だから旅に出た 旅に出た
明日という名の街をめざして
Go to the west 君がいるから
Go to the west さびしくない
日本から西へ、北京からさらに西へ来た。
そして明日、さらに西へ向かう。
まさにシルクロードをなぞる旅。
(これはもしや、私のための歌か…?)
やばい、感極まって不覚にも泣きそうだ。
だが、その震えも0.5秒で現実へと引き戻された。
肺が焼けるような乾燥した大気が
感動に浸る猶予すら奪っていく。

リンレイはいなかった
眼前で
三蔵法師一行の像が、逃げ場のない陽光に晒されている。
私は日陰に逃げ込み
カメラさえイカれそうな暑さの中で
ただその圧倒的な光景を睨みつけた。
陽炎の向こうで燃え盛る赤い山肌は
空想を遥かに凌駕する幻想的な色彩を放っていた。
オスマンの葡萄
火焔山を後にして、ツアー部隊は
緑のオアシス「葡萄溝」へ。
レーズン好きの私にはたまらない
干しブドウの産地だ。

葡萄を頬張りながらウイグル族の踊りを眺め、しばしの休息。

撤退の準備をしていると
ウイグル族の中年男性が日本語で話しかけてきた。
「オスマン」という言葉を連発していたので
彼をオスマンさんと呼ぶことに。
「こんにちは」「ありがとう」「さよなら」
基本的な日本語を教えると
彼は葡萄畑から一房の葡萄をむしり取り
私にプレゼントしてくれた。
締め:もう一度あの餃子を喰らう
ツアー終了後、ナイツは爽やかな笑顔で手を振って去っていった。
宿へ帰還したのは日付が変わる頃だった。
昼のラグメン以降、夕飯を抜きにできず
昨日訪れた餃子屋へ再び強行突入。
快く迎え入れてくれた店主と、2日ぶりの味に再会する。
強烈なニンニクの臭いを放ちながらドミトリーへ戻り
翌朝6時半の撤退準備を開始。
「こいつら連日くせーなー」と
同室の住人にニンニク臭を悟られながらも
私は深い眠りに落ちた。
明日はさらに西へ
中国最西端の都市「カシュガル」へ✈️
旅を共にした「盾」|GREGORY 60ℓ
私の背中には、常にグレゴリーの60ℓバックパックがあった。
「バックパックの王様」
と称されるその堅牢な造りは
大陸の過酷な移動、砂埃、そして無造作に放り込まれるバスの荷台からも
私の荷物を死守してくれた。
身長に見合わないその巨大な塊を背負うたび
私は自分が「家」を背負って歩く亀のような
あるいは何者にも依存しない独立国家のような感覚を覚えた。
学生に間違われるほど小さな私が
この重みに耐えて歩き続けたこと。
それが、今の私の根底にある「生存能力」の証明だ。

お前は何を背負って生きている?
誰かに用意された軽いカバンか?
それとも、自分の人生をすべて詰め込んだ、肩に食い込むほどの重い盾か。
グレゴリーが私の背中を守ったように
お前もまた、自分を支える「本物の武器」を選べ。

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